栄テレビ塔の前には小川が作られていて、鯉が泳いでいます。 センスや予知能力などはどうだか自分ではわかりませんが、一番困った障害に感情失禁というようですが、感情を自分で制御できないという障害があります。 喜怒哀楽をその普通一般の人がするようには出来ないというか、自分に現われてこないというのはなんとも情けなく、恥ずかしいものです。 ここで笑ってはとても失礼だと解っていても、大きな声で笑ってしまったりゲームをやっていて自分が勝つともう天下をとったようにニタニタ笑えてきたりして自分でも許せません。 本を読んでいても涙がとまらなかったり、ドラマを見ていて嗚咽してしまったり、ちょっと自分の意に反するように注意されたりなどすると、もう見境もなく激怒してしまったり、ほんのちょっと嬉しいだけなのに感激的に嬉しそうな顔になったり、それらが本当に自分の思っている通りならそれはそれでかまわないのですが、とてもそんなに激しく思ってなどいないのですから、自分でも恥ずかしくその感情を消そうとするのに、もうどうにも止まらないのです。 そんな自分を人前にさらけ出していることはとても我慢できず。ですからテレビも本もなるべく一人で見たいと思うものです。 僕の感情の壊れ方まだまだそんなにひどいものではなくあまり人に迷惑をかけないものなのですが、人によってはとてもひどい人もいます。 「その現われている感情が本当にその人の感情ではない」などと言っているぼくでも、それが解っているつもりなのに、現れている感情方を見てしまいますから、普通の人にはとても理解できないことかも知れませんが。 病気をしてから、以前と違い怒りっぽいとか、泣き虫になったとか、なにがおもしろいのだこいつ気が狂っとるぞ、などと思わずにこれも障害なんだなと分かってもらいたいと思います。 これは時には本人の本当の気持ちかも知れませんが、そうでないかも知れないこと、どちらにしても以前なら押さえることが出来たものだということを、本人は他人に宣言しおいた方が良いと思います、そうでないと必要以上に人を不愉快にさせ、自分も誤解されたままになってしまいます。 最後にこんなことを書いた本人がどれほどリハビリが立派になされ、もうきっと平常の機能を手に入れているに違いないと思われるかも知れませんが、それは残念ながらそうではありません。それでも同じ頃入院していたリハビリ仲間の同じ位の症状の人たちが再入院したりもう歩くことも出来なくなってしまっている人が多い中、僕は良いほうにむかっているのですから、そしてそれよりなにより、病気になる前に比べ世間が狭くなった分よけい深く人生楽しんで生きて行けるということがありがたいことです。 今この文章を書いたときから4年を経過して、社会参加するようになって、病気以前より色々な人と深くお付合いできるようになっています。 終わり
by takaryuu_spring
| 2007-03-19 17:57
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