クリスマス

今日はクリスマス。友達の誘いもあって、教会に出かけてきました。
荘厳な祭壇、美しいステンドガラス、ベールを頭にしたご夫人、そしてオルガンの音が静かに響いています。
ではありませんでした。僕の行った教会は名古屋聖書バプテスト教会です。
聖書バプテスト教会の考えは、必要なのは神の言葉の証の聖書だけ、集まる場所さえあればそれでよいという、在家の宗教集団です。
教会内には祭壇どころか十字架も一つもありませんでした。
最初にいまナビゲーターのソフト開発の仕事をしているという、Iさんが洗礼を受ける気になった時のお話から始まりました。
名大で宇宙科学を研究していた頃のことだそうです。
牧師さんに「あなたは、科学ともう一つ信じているものがあるでしょう?」といわれ
「なんですか?」と聞き返すと「あなたはあしたがあると信じて生きてはいませんか」といわれたそうです。
科学は仮説の上に積み重ねられているものだと思っていて、頭で信じられないとなったとき何を信じればいいのかと思ったのだそうです。
子どもや聖歌隊の歌の後の牧師さんのお話では、イエスの生まれた訳と十字架の意味についてのお話でした。
人間どんなに良いことばかりしようと思って生きていても、誰かを、何かを傷つけることなく生きてはいけない存在です。
そのことを日本語では原罪と訳されています。
その罪は自分も同じ人間という存在の人が贖うことは不可能なのです。
神は人の原罪を背負える人としてイエスをこの世に使わされました。
人の罪を背負ってイエスは十字架に架かりましたが、人は人の罪を贖えません。
イエスが神から使わされたものだという証明に3日後に復活されました。
というような内容でした。
その後昼食、初参加の僕は無料、みんなは今日は特別食だからと300円でした。
教会は3階建てで一階が食堂と調理場など、2階がお話を聞いた部屋でした。
食事のメニューは2種類メインディシュはハンバーグと鶏の煮込み、チキンライスにケーキもついていました。
いつもの礼拝の時は200円だそうで材料費にもならないでしょうね。
それに100人近い礼拝者の分を作るのですから大変だ。
午後の催しは、混声合唱、女声合唱、金管合奏、などそれぞれに練習していたのでしょう、発表会みたいでした。
教会内には何台のピアノがあるのでしょう?
僕の目にしただけでも5台ほど、そのほかオルガン、エレクトーン、ラッパですからこの辺仏教集団とは大違いです。
音楽のあと牧師さんのお話がもう一度、最低の人間として生まれたイエスが最高になる、
一番下に自分を置く事ということの意味について話されました。
虐げられたものほど天国に近いということのようです。
また実際イエスが伝道したのはたったの3年だったそうで、彼は何も書いてはいません。
新約聖書の長い記載は旧約聖書の記載での神の証明としてあるのでしょう。
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by takaryuu_spring | 2006-12-24 21:21


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