毛 虫
いつまでも春が来ることのない、寒い年のことだった。いつもだったら、里のず~と手前の峠のところからでも、ここの満開の桜は、山のように見えるのだけれど、その年は、ほんの数輪花が咲いただけだった。そしてもういつもなら、毛虫が桜の葉っぱを食べに来る季節がきていた。 毛虫は、桜のつごうなどおかまいなしに、葉っぱを食べた。味が少しうすくって、いつもの年より葉が小さくて、その上にいつもより全然少ないものだから、いくら食べてもあまりお腹のたしにならない。毛虫は出てくる葉をあらそうようにして食べた。 おしまいには、枝をかじる者までいた。 その年桜は、丸坊主のまま夏をむかえた。夏になっても天気は悪く、じめじめしたまま秋になり、桜はすっかりかぜをひいて、とうとう肺炎にまでなってしまった(人間なら入院というところだ)。それでその年を最後に桜は花を咲かせる力をなくしてしまった。 桜の葉を食べた毛虫達は、本当にすまないことをした、あの時に「少しでも桜の木のことを気にかけていれば」「おなかいっぱいでなくてもいい」とちょとでも思ったなら、「きっと桜は病気にならなかった」ような気がして、桜になんとおわびをしていいのかわからなかった。でももうすんでしまったことはどうしようもありません。 それからの毛虫の生活はかわりました。葉を食べるのは生きていくのにどうしてもしかたのないことなのです。だから食べさせてもらう、でも、まだでてきていない葉を食べるのはよそう、そんなことをしたらまた桜の木が死んでしまうかもしれない。どんなにお腹がへても、たとえ自分が、飢え死にしても、それが食べさせてもらっている者の あたりまえのつとめ だと考えたからです。 そしてそのことを世界中の毛虫に教えなくてはいけないとも思いました。でも毛虫の歩く速さは、みんなもきっと知っていると思ううけれど、一日必死に歩いてもせいぜい50メートル、なかなか世界中にまで知らせることが、できないでいました。 そんなことをしてるうちに、又前と同じような天候の年がやってきてしまいました。毛虫達は、えんりょし、心配しながら、葉を食べましたが、やはり葉はなくなり、それでがまんして食べずにいました。そのうち飢え死にする者もでてきました。 もうほとんどの者はお腹がへって、動くこともできなくなってしまいました。「世界にたくさんいる毛虫の仲間よ、桜がかれるほど食べてはいかんぞ」と思いながら意識がなくなってしまいました。 なんとなく暖かいような気がして目がさめたのですが、どうも今までとようすが違います。なんかひからびてがさがさになっているみたいです。 でも一応生きているみたいだし、暖かそうなので、そのかちかちにひからびた体で歩こうとこころみました。体をくねくね・くねくね・三十分あまりやっていると・・・・あれ・・・体がそのがさがさの皮の外に出てしまいました。 でも、今までの体とは違って本当の足があります。「これなら歩きやすいぞ」「いそいでほかの毛虫にしらせなくては」と思った時のことです・・・・・・・ 毛虫は羽がはえた、綺麗な蝶になっている自分に気付きました。 隆介
by takaryuu_spring
| 2006-09-17 21:03
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