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蝉  彦二1


 彦二は、今までになく不快な感覚の内に朝をむかえた。
なにか体中の血がドロドロによどみ、まるで鎧を着たように体が重いのだ。それに今迄安住の地に思われたこの湿った闇の世界が、今日は恐ろしい暗闇に思われ一刻も早く明るい日の下に出たいと思った。
「日」、彦二は、今までに一度もそれを見たことはないのだ。一生をこの暗い湿った土の中で過ごすものだとばかり思っていた。それなのに何故か今朝突然闇が恐ろしい物に思われ、いても立ってもいられない衝動にかられるのだった。
体の自由は、時々刻々きかなくなってくる、動ける間に日のめを見なければ死ぬと予感された。
彦二は、必死で地表に向かって堀進んだ。ひとかきするごとに体は、堅い鎧へと、変化しているようだった。
よ~く考へるのだ、自分を、落ち着いて、俺は一体何なのだ、・・・必死で自分の過去を思い出してみる。・・・どうも自分は今蝉で今正に羽化しようとしているのではないか?と思われた。
昔・昔・・・ず~と昔のことだけれど自分が人間だったことがあり、その子供だった頃、夏に蝉を虫篭一杯捕り、それを川につけてどのくらい生きていられるか競ってみたり、羽を一枚だけちぎってどんな飛び方をするか、とか足を全部むしってどうやて着地するか、などと実に酷いことをして遊んだことが思い出された。それでお婆さんがそんな酷いことをするもんではないと、いうのには耳もかさずに、何匹もの蝉を処刑した。
そんなことは、今はどうでもいい。それより一刻も早く地表に出ないことには、このじめじめした闇の中で死ぬなんてとても耐えられないものに思われた。
どんどん、といても進んではいないけれど堀り進むと、光が見えた、後一歩と思ったのだけれども、どうも舗装のブロックの下にでてしまったようだ。右か左かどちらに行けば、出口なのかもう、頭がパニックになって考えることもできない。闇雲にもがいているうちに、やっと表にでることができた。
ほっと、してその鎧のような殻を脱ごうとしてみて又愕然、なにかしっかりしたささえに停まっていないことには脱ぐこともできないのだ。
あたりを見回してもそんなものはない、街路樹のえんじゅの木までは、遠くて行けそうになっかた。
 昔テレビで見た5レンジャーのように右手を上げて変身と言う具合には、いかないのかと、腹立たしかった。もう破れかぶれですぐ横のコンクリートの壁にしがみついて脱皮を始めた。頭・胴・足が、出てホッと一息後は羽で終わりだ。右の羽そして、左の羽を殻から出そうとした時左手が壁からはずれてしまった。もうふんばることが出来ずに殻をつけたままバタバタもがいた。 20分もそんなことをしていただろうか、体は、すっかり固くなり黄緑色だった、体の色も薄茶色に変わっていた。そしてポロっと殻から体が外れた。
やれやれ苦労した、昔ならここで、一服というところうだな、などと思いながらあの木までとりあえず飛んであそこで一休みしよう、と考えたのは甘かった。左の羽は固まるまでの間、殻の中に入っていたためティシュを丸めたようにくしゃくしゃのままで乾いていのだ。
 ぴんとのびた右羽とくしゃくしゃの左羽で飛ぼうとしたものだからたまらない。10センチ程飛び上がった後地面に激突して後は後頭部を地面に付けたまま擦って蛇行するだけだった。何度やっても同じ結果しか得られず情け無さにジィィィと泣いた。
ジィィ… ジィィ… と鳴きながら一時間もそんなことをしていた。もう死んでしまいたいと本気で思い、車道に出れば車が轢いてくれる、と歩道から車道の方へ進んだ。車道をバタバタしているうちにこんどは側溝にはまってしまい、もうここでは車に轢かれるという夢?もついえ後は死をまつだけの身になってしまった。
ところがそうではなかったのだ、苦しみはまだまだ続いたバタバタするのに疲れて、羽を休めると首筋に激痛が走る。何だ?と思うとその激痛の箇所がどんどん増えてくる。まるで生きたまま何かに食べられているみたいに・いや本当に生きたままなにかに食べられているのだ。
体中に黒い蟻が噛み付いてその痛いことといったら気が狂いそうだった。気が狂ったほうがどれだけましかと思えたが、頭がはっきりしているからなお苦しい。・・・・・・そして死んだ。

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by takaryuu_spring | 2006-07-29 05:03


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