正信偈

仏教は、宗教ですが、なにか神様のような存在を信じる宗教ではなさそうです。

浄土真宗の人がお勤めに唱える正信偈ですが、お経ではないそうです。

お経は、お釈迦様のお言葉を書き残したもので、正信偈は、親鸞聖人の書かれた『教行信証』の「行巻」の末尾に所収の偈文なのだそうです。

漢字ばかりの文なのですが、日本人の親鸞の書いたものですから、お経より理解しやすいだろうと意味を考えてみました。

まず、正信偈ですが、「正しい信心」ということでしょうか。正しく信ずるとうということですが、それなら正しくない信じ方もあるわけで、それが歎異抄で指摘されています。

「帰命無量寿如来 南無不可思議光」で始まります。

帰命も南無も帰依するも同じ意味なのだそうですね、漢文とサンスクリット、そして日本語なのでしょうか。

無量寿如来とは、時空を越えた大きな存在ということで、不可思議光とはその存在が及ぼす作用のこと、存在していて働きかけているおおきな力があるという事実が、無量寿如来 不可思議光で、「自分は、その一部であることを認識します。」ということが「帰命無量寿如来 南無不可思議光」なのだと思います。

「帰命無量寿如来 南無不可思議光」だけで全て言い尽くされているのですが、あとは解説でしょう。

次は、「法蔵菩薩因位時 在世自在王仏所」です。
菩薩が願を発しそれが成就したとき如来になります。つまり「阿弥陀如来がまだ法蔵菩薩といわれていたとき、世自在王仏のもとで修行していました」ということでしょう。

「覩見諸仏浄土因 国土人天之善悪 建立無上殊勝願 超発希有大弘誓」
蔵菩薩は、諸仏の中にいて、救いがたい人の世の善も悪もみて、それでも全ての人をすくうというとんでもない誓いをたてられた。

そして法蔵菩薩の願いは成就され阿弥陀如来になられたのです。

今日はここまで。
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by takaryuu_spring | 2010-11-13 13:28


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