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介護道 羽成幸子さん

お土産に饅頭を持ってくる優しさ、それだけでは介護はできません。
食べればうんこが出ます。うんこまで面倒を見ること、それが介護です。
人間生きていれば様々に排泄されている、ふけ、抜け毛、目やに、耳糞、鼻くそ、タン、汗、そういうものが出るのが生きている証なのですから。介護とは命を共有してしまうことです。命がけでなくては勤まりません。
でも自分には自分の人生がある。そして介護される人生は介護される人のものということ。介護し、されたことによってどちらもなくなるものではありません。

羽成幸子さん(現59歳)は19歳の時から5人の身内の介護と看取りをしてきた人です。
実母と姑を同時に介護していた時もあり、死期の近くなっている実母に、「もし同じ時期だったら私は姑の面倒を見なくてはいけないから許してね」と言ったといいます。
羽成家の長男とお見合いのとき、「俺は母が嫌いだ、一緒にも暮さん」という言葉をきいて結婚を決めたということでした。
「マザコンじゃあたまんないもんね」です。

気丈で一人暮らしを通していた姑を訪れたある時、生活のリズムが崩れていると直感して着の身着のまま彼女を無理やり実家に連れてきてしまいました。姑きくさんの介護をするきっかけです。
そのわがままな姑との葛藤を通して羽成さんは介護道を確立していきます。

死を念頭に置いた生き方
人生40歳までは目的に向って頑張ればいいのよ、でも50歳を越えたら先に死を想定しておくべきね、みんな今の続きで誰の世話にもならずにぽっくり死ねる、誰にも迷惑などかけないさ、と思っているようですが、そんなはずはありません。
それは頭も体も動く、人生の80%90%までのこと、最後の最後は自分の思い通りに行かない体を人に任せ、それでも死ねない時間が待っています。
食べれば生き、生きていれば汚物が出る。人生の最終は糞尿を人に任せることになるということ、言い換えれば介護とは人の排泄を引き受けることに尽きます。

本気の介護
きくさんを家に連れてきて最初にやったことは、彼女の住んでいた環境に似た設定です。
狭い家の、一部屋を提供して、テレビとコタツを用意、そこに住んでもらうことにしました。

もうどのくらい風呂に入っていなかったのでしょうか、足の裏は垢が石膏のように固まり、最初の仕事は足を湯につけて、垢をふやかし取ることでした。

きくさんは動くこと大嫌いです。
なんとか体を動かしてもらいたいと食事の場所を離れた場所にして、「おばあちゃんご飯だから来て」などと動いてもらいます。

ある日お茶を入れてきくさんの部屋に持っていくとコタツの上に濡れたティシュの団子がのっています?
動くのが嫌いなきくさん頭いい、トイレに行くのが面倒なものだから座ったままティシュのかたまりをお尻に敷いています。
「駄目よそんなことしてては、黴菌が入って病気になるよ」
「病気になんかなるもんか」、
でもすぐに尿道炎で入院しました。

病室が大部屋に移ったきくさんを病院に訪ねると、同部屋の人が「あんたのお母さん?」
「いいえ姑です」
「凄い人だね・・・介護していくの?・・大変だねえ」と同情されたりして、病院でほんの数日でもわがままを通していたのでしょう。

ある日帰宅するとうんこの匂いが部屋に充満しています。
どこだどこだで探し回ると、トイレから部屋までの壁伝いにうんこがついています。

なんじゃこれは?とどうやってトイレに行き、帰ってきたかやってもらうと・・・

きくさんはなんでももったいないもったいないで、お尻を拭く紙も5センチくらい、そんなに少しじゃあほとんど指で拭いてしまいます。
手も水道を細くして指先をチョロチョロと、それで壁を伝いながら歩きます。

「もっと紙をたくさん使って、ちゃんと両手で洗って!」
「紙も水ももったいないから」
「もったいなくない、壁拭く水や、雑巾のほうが高いのだから」
「それはそうだ・・・」

うんこの管理が一番大変です。
「うんこ出た?」
「そんなもん1週間に1回で充分だ」
体調の管理は排泄からです。出ても出なくても朝9時にトイレに座ってもらうことにしました。

またまたうんこくさい日があってどうしたか検証するとうんこが流れなかったから手で掻いて落としたようです。
和式の習慣の長いきくさんは便座に逆に座っていたのです。そうすると水の流れない上の方に排泄してしまい、それを綺麗にしようと努力していたのです。
何度も練習して身に付けてもらいました。

よくこういう常態を痴呆が始まったといいますが、ボケなんかじゃあありません。昔の習慣から抜け出すことは大変なことなのです。
まだまだちゃんとしっかり判断できる個性豊かな人間です。


利用できるものなら他人でも、その人に出来ることは任せて
人の人生まで背負っていては重荷です。自分の人生も楽しむ算段をしなておかなくてはくては気が狂ってしまいます。それでも心に悪魔の宿る時、悪魔も発散させてあげなくちゃあ、聖人君主じゃありません。「糞婆糞婆死じまえ」と独り言いったっていいじゃない。貯めといたら本当に殺しちゃう。
ショートステイが年間40日使えるのよね、おばあちゃんはそこを会社とよんでて、今日は出勤の日だと喜んで行ってくれ、帰るとただいまです。

ある日きくさんが部屋で転んで骨を折ってしまいそれからは寝たきりになってしまいました。
あんまり動かんかったからと反省しきりのきくさんです。
「おばあちゃん。おばあちゃんはおばあちゃんでいていいから、動かないおばあちゃんの体は、私が面倒見るからね」

便秘がひどくて、浣腸のお世話にはよくなりましたが、ある時浣腸をするとすぐドバッと噴出、もろに顔面に直撃を受けました。
「おばあちゃん出たよ!よかったねえ」そう言えた私を凄いと思いました。

私はつらいことには自分でご褒美をつけました。うんこが出た日は映画を見に行くです。

きくさんには4人の息子がいるのですが、私が引き受けたのでこれ幸いと誰も手出しをしません。
ある日「緊急要請一日のおむつ代300円なりの協力を」という手紙を皆に出しました。お金が欲しいというより一人で全部を背負っているという気持ちから解放されたい、直接介護することだけが介護ではないと考えたからです。
そうしたら15万円も送ってきた人がいて、旅行に行っちゃった。

寝たきりになったとき、「介護される介護教室」という看板を出しました。テレビで取り上げられ、どうやって介護しているのと大勢見学に来ます。

人嫌いだったきくさんも、みんなに先生先生といわれてる間に、すっかりその気になって、「今日は何人生徒が来るんだい?」などというようになりました。
本当に人には死んでいくまで役割あるのよね。

足に血が通わなくなって紫色に、そして死臭が漂い始め、それでもなかなか死にはしません。
昔、カラスが屋根にとまると人が死ぬと言っていましたが、昔の家ならそうだったのでしょう、きくさんの亡くなる頃のことを言うとあんた変な臭いがしていたと友達に言われます。

風呂に入りたいというのですが風呂は無理なので、盥を布団の上に置き湯をはって足、下を洗ってらあげます。
骨にかさかさな皮膚がこびりついたよな足を盥に入れると、キラキラ鱗のような皮膚が湯面を覆います。
水気を拭いて布団をかけると「ああ気持ち良かった、フーと大きな息を吐いて・・・」それが最後でした。
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by takaryuu_spring | 2007-03-31 18:09

ありがとうございました

書きためていた原稿が底をつきました。

これからは毎日の書き込みは出来ません。
よろしかったら古いものを見てください。

僕は7月に書いた、“あじさい“ と ”彦治” が好きな文です。
http://blog.goo.ne.jp/takaryuu_april/  は、
これからも書き込みを続けるつもりですから、こちらにお越しください。

お読みくださってありがとうございました。
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by takaryuu_spring | 2007-03-20 18:03

脳卒中・・・最終回

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栄テレビ塔の前には小川が作られていて、鯉が泳いでいます。


センスや予知能力などはどうだか自分ではわかりませんが、一番困った障害に感情失禁というようですが、感情を自分で制御できないという障害があります。
喜怒哀楽をその普通一般の人がするようには出来ないというか、自分に現われてこないというのはなんとも情けなく、恥ずかしいものです。

ここで笑ってはとても失礼だと解っていても、大きな声で笑ってしまったりゲームをやっていて自分が勝つともう天下をとったようにニタニタ笑えてきたりして自分でも許せません。

本を読んでいても涙がとまらなかったり、ドラマを見ていて嗚咽してしまったり、ちょっと自分の意に反するように注意されたりなどすると、もう見境もなく激怒してしまったり、ほんのちょっと嬉しいだけなのに感激的に嬉しそうな顔になったり、それらが本当に自分の思っている通りならそれはそれでかまわないのですが、とてもそんなに激しく思ってなどいないのですから、自分でも恥ずかしくその感情を消そうとするのに、もうどうにも止まらないのです。

そんな自分を人前にさらけ出していることはとても我慢できず。ですからテレビも本もなるべく一人で見たいと思うものです。

僕の感情の壊れ方まだまだそんなにひどいものではなくあまり人に迷惑をかけないものなのですが、人によってはとてもひどい人もいます。

「その現われている感情が本当にその人の感情ではない」などと言っているぼくでも、それが解っているつもりなのに、現れている感情方を見てしまいますから、普通の人にはとても理解できないことかも知れませんが。

病気をしてから、以前と違い怒りっぽいとか、泣き虫になったとか、なにがおもしろいのだこいつ気が狂っとるぞ、などと思わずにこれも障害なんだなと分かってもらいたいと思います。
これは時には本人の本当の気持ちかも知れませんが、そうでないかも知れないこと、どちらにしても以前なら押さえることが出来たものだということを、本人は他人に宣言しおいた方が良いと思います、そうでないと必要以上に人を不愉快にさせ、自分も誤解されたままになってしまいます。

最後にこんなことを書いた本人がどれほどリハビリが立派になされ、もうきっと平常の機能を手に入れているに違いないと思われるかも知れませんが、それは残念ながらそうではありません。それでも同じ頃入院していたリハビリ仲間の同じ位の症状の人たちが再入院したりもう歩くことも出来なくなってしまっている人が多い中、僕は良いほうにむかっているのですから、そしてそれよりなにより、病気になる前に比べ世間が狭くなった分よけい深く人生楽しんで生きて行けるということがありがたいことです。

今この文章を書いたときから4年を経過して、社会参加するようになって、病気以前より色々な人と深くお付合いできるようになっています。
終わり
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by takaryuu_spring | 2007-03-19 17:57

脳卒中・・・42

感情・知覚・センス・記憶力・判断力・理解力・予知能力・・・・など障害には気がつきましたが、それが右脳特有の障害なのか、果たして以前とどれくらい違っているのか、判らなければそれでもいいのですが、はた迷惑にはなるかもしれません。
味覚、視覚、聴覚は変わりました。あまり好きでは無かったパンは大好物になりましたし、好んで食べたものすごく酸っぱいものは、今では乳酸飲料でも酸っぱくて飲めなくなってしまいました。
近視は良くなり眩しいということを知らなかのだが、サングラスが必要になったり、好きだった音が雑音のように耳障りな音に聞こえたりします。でも少しずつ昔に戻っていくようです。

記憶力、これはとんでもなく悪くなりました。
昔のことはちゃんと覚えているのですが、病気以降のことはどんどん忘れて覚えようとしても覚えられません。
人の名前など何度聞いても覚えることができないし、新しいことを理解することも大変です。
大工仕事は好きでやっていましたから、その展開図を頭に描くことは出来るのですが、今まで経験の少ない裁縫では布をどう裁断してどんな形になるのかを思い浮べてもさっぱり思い当りません。それを昔よく使った折紙に置き換えると、やっとなんとなく解るという具合、まるで応用のきかない頭なのです。

あくびがすぐ出るというのも障害の一つでしょう。真剣に人が話をしているのにあくびをするとは不届きだなどと思うかも知れませんが、真剣に聞いていても、眠くなくてもあくびが出るからしかたない。真剣にやっているから脳が酸素をたくさん使い結局酸素不足であくびが出るのかも知れません。

人と対話をすることが難しいということも困った障害です。
話を聞いて、それに答えるために頭のなかのデータを分析して、相手の話と照らし合わせて答えを組み立て、話すということは、他の動物になどとても出来ない高度な頭脳労働なのに違いないのですが。
考えて答えようとするだけで手や顔が硬直しはじめることがわかります。そしてのどがからからになって、ぶるぶるふるえて答えようとしてもまともな返答が出来なくなってしまいます。
話でも、冗談などはは何も考えないのにでしょう、詰まることなく口からでるのですから。
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by takaryuu_spring | 2007-03-18 21:29

脳卒中・・・41

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葉を落とした楠木
楠木の落葉は今頃です。楠木の萌る時の姿は満開の桜以上にすばらしく、壮観です。


僕の意思に従う筋肉の中でも一般運動の他に飲む・排便・排尿・セックスなどがあります。それらもやはり左半分は僕の言うことを聞いてくれないのですから、以前のようにはうまくことがはこびません。
よだれが出たり、飲み込む時にむせったり、下剤を飲まないと定期的に排便されなかったり、小便を我慢出来なく以前なら寝たら朝まで行かずにすんだものが、夜中に起きて寒のにトイレに行かなければならないとか、電車の中など漏れそうになってしかたがないから途中で降りたとか、色々不便なことがおこります。
それでも最低生きていくいく上で必要なことはひとりでに回復していくように思われます。
それから人が言ったからといって、それが自分にあてはまるということもないかもしれない、それは人それぞれ壊れた部分が違うのですから。

知能も大抵かなり落ちているようですが、案外自分では気付かないでいることが多いものです。
一般に右マヒの人は言語をやられることも多いよですが、これも様々な障害の種類があります。

ここまではまだ見れば、他人でも解る症状ですがその外にも自分でもあまりわからないこととか、どう制御しようにも制御できなく困ることもあります。

さて左脳をやられれば言語でそれは見れば判りますが、ぼくらみたいに右脳をやられた場合には言語にかわるなにかが壊れているに違いないのです。

失語症に対して左麻痺に多い障害に左側失認があります。
失認というか失念というのでしょうか、見ているのに見えていないという不思議な障害です。
音の方が説明しやすいの、音で説明しますと、ラジオを聞いていて、途中で手紙を書き始めたとします。どうでしょう、手紙を書いていた間ラジオでなにを言っていたか分かりましたか?手紙を書き終わった瞬間からラジオの音は何の不思議もなく耳に入ってくるのですが、ある部分抜けています。
それが意識してもできなくなることを障害としての失認といいます。
左側失認のひどい人では、左側にまがることも出来なくなるそうです。
僕も発病当時はそうだったのかも知れません、自分の病室に帰れなくて1時間くらい探し回ったことがありますから。
この障害は意識障害で、意識していれば改善してくるようです。
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by takaryuu_spring | 2007-03-17 20:38

脳卒中・・・40

手と足を比べると足の方がリハビリがしやすいのか、手の方はたいてい後回しにされる。
足の骨折などと違い脳卒中の片足では松葉杖を使って歩くことは出来ません。ちょっと考えると出来そうなのですが半身不随というのは一本の棒みたいなものです。
例え松葉杖を使えても、それでは一本足の駕籠かきどうにも動きが取れないのです。

真っすぐ座れたら、移動、そして作業の順に人間に必要なことなのかもしれません。
腕も足と同じように肩からはずれ、足と違って宙ぶらりんになっているものですから、そのぶらさがっていることが僕は痛かったです。

これは肩の亜脱臼と言うそうで、これも考えても見なかったことですが、その力の入らない手をテーブルに載せておくことが出来ないのです。そして亜脱臼は痛たいものでした。その』痛みは時間がたてば解放されるようですが、あるのに役に立たないというのも寂しいものです。
何度テーブルに載せてみてもちょっと動けばずるずる・すとんとすぐ落ちてしまいます。
文鎮の代わりくらいには使えると思っていたものが、なんとも情けないことに重石代わりにも使えませんでした。
このテーブルに載せておくということだけでも物凄く便利なもので、あきらめずにこれくらいは頑張って出来るように訓練したほうがよいと思います。

動作は筋肉に力を入れる抜くというふた通りの命令が同時に違う筋肉に出されてなされるものですが、入れるより抜くの方が難しい。
まるで緊張のない筋肉の腕はただだら~んと手をぶら下げさせてしまいますが、少し神経が通っていると手も腕も指も死後硬直のように内側に曲がることを好むようです。
これを緩めるには「気」を送ってリラックスする方法がよいと思います。
無理に反対の手で伸ばしても、関節を固まらないようにするためにはよいが、動きのリハビリの効果はあまりません。やはり意識して頭に動くことを覚えさせなければだめなのです。

筋肉には心臓や胃腸などの「神様の意のまま」というものと、「僕の意思通り」というものとがあるのですが、神の意のままにという方が働かなければそれは即、死を意味します。



脳卒中障害者からの発信の書『一歩いっぽ』を作っています。

年3回発行、送料込みで一年分1140円です。
『一歩いっぽ』の申し込み先
〒450‐0003 名古屋市中村区名駅南1‐20‐11
NPOプラザなごや1F
TEL/FAX:052‐586‐1159
E‐mail:dreamippoippo@yahoo.co.jp
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by takaryuu_spring | 2007-03-16 20:31

脳卒中・・・39

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スノーポール

リハビリで大切なことは動かすことより、正しく動かすことの方です。
少し動くようになるとよろこんで一生懸命リハビリに励むのはよいのですが、忘れられた、動きのなくなった部分をそのまま、たとえば歩くのは足を前に動かすのだよななどと、その部分だけの動きとして覚えると、どうしてもぎこちない動きになり、それは同時に持久力を欠く動きでもあります。だから出来るだけ正しい動きを意識してリハビリをしなければいけません。

人間の体は部品で出来ているのではなく全体として人間の体であり、その部分として手とか足と呼ばれる部分があるにすぎません。
だから手を動かすという動作の場合でも・結果手が動くのであり手だけをを動かすのではありません。
極端にいえば体全体を使って一本の手を動かすのです。

誰にでも経験が有ることだと思ういますが、寝違えて首が曲がらなければ、手も使いにくく、そうすると歩くのもなんとなくびっこになってしまうものです。足の小指一本でも痛ければまともに歩けないし、目がピクピク痙攣しても顔全体が気になって何もできません。
つまり人間の体に部品などなく、どこも人間の部分だということです。

正しく右足を上げて歩くためには、左手の親指を天に向けて大きく振り、腰の筋肉を斜め上からひっぱり上げながら股関節の中に大腿骨が納まるように、そして右足を上げて歩いているのです。
小学校一年に習った行進の歩き方は実に正しかったと思い起されます。

足の動きだけに注意していれば、骨盤から大腿骨が斜めに繰り出され、それは脳卒中歩きの外回りに足を回す不様な歩き方になってしまいます。

歩行はほんの幼児の時から無意識になされているので、脳を患い改めて人の歩く姿を見ると足だけが上手に動いているように見えるますが、そうではなかったのです。
今初めて脳卒中になり本当の歩き方が壊れたのですから、その時初めて産まれたと考え直し、意識して歩かなければなりません。
どの運動はどの部分とつながりが大きいかを、自分の健康な方をしっかり観察して、それを悪い方にあてはめればよいのですが、それが無意識になされていることが多いものだから結構難しい。
案外遠くの関係ないような筋肉がキーポイントだったりするもので、足なら手の先、腰、首それも右も左もすべてチェックすることが大事です。

脳卒中障害者からの発信の書『一歩いっぽ』を作っています。

年3回発行、送料込みで一年分1140円です。
『一歩いっぽ』の申し込み先
〒450‐0003 名古屋市中村区名駅南1‐20‐11
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by takaryuu_spring | 2007-03-15 17:18

脳卒中・・・38


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土壁の模様


よく病気をしてから人が変わったみたいに怒りっぽくなった、とか泣き虫になったとか、よく笑うようになったなどというのが、この場合です。
ですから笑われて馬鹿にされたなどと思わないでいで、すぐおこる恐い人だなどと思わないで、すぐめそめそ泣いてうるさいなどと思わないで、これも歩けないのと同じ、話せないのと同じ、障害でそうなっているので、本心ではないかも知れないとおおめに見てください。ただ本心の場合もありますが。
以上脳卒中の障害者を介護する人の為に、

医者でもリハビリの先生でもありませんが、脳梗塞を患った本人です。まあそれも、たいして威張れるほど重い障害でもありませんが。

脳細胞が死んだ訳ですが、単一の脳細胞の命令で色々な動作や記憶・思考がなされているのではなく、複数の複雑な経路を経てその行動が決定されているため、そのどの部分が駄目になっても一見同じような障害として出るのだと思います。
同じ左に障害が出る所をやられたとしても、代わりになる脳細胞があるところをやられたのであれば回復が早いし、代用のきかない部分なら回復は難しいという訳です。

また若い人の細胞は回復が早いし。それでも死んでしまった脳細胞はもう生返らないのですから、完全に元通りには回復しないものと思っていいのかもしれません。

人間の動作には単純な動きなど皆無で、どんなに簡単そうな動きに見えても実際には何十という関節や筋肉を使ってなされています。
その中の一つ二つ不調では気付かず、少し調子が悪いな、程度に思えるものですが、数が多くなってくるといわゆる脳卒中特有のぎこちない動きに見えてきます。

これは見えるだけでなく動かす本人にも、がくがくぎくぎく関節が痛んだり、長くその動作を続けることは苦痛になてきます。

発病して症状が安定するとすぐにリハビリが始まります。
まず立つことから始めますが、そこでびっくりしたことに、身長が確かに5センチ程低くなているのです。これは後で解ったことですが、大腿骨を骨盤に引き入れている筋肉が働かないために外に飛び出し、体重を骨の上に乗せることが出来ないために起きることで、良いほうの片足で計るとか、寝て計れば昔とそんなにかわらないのです。

おしりの筋肉がちゃんと働いていないと背が低くなったと同時に硬い椅子に腰かけるとおしりがとても痛いというつらいおまけもついてきます。

筋肉の先には大抵関節がある訳で大きな関節には当然大きな筋肉が働いています。
股関節・膝関節・足首・それに指などが大きな関節です。踵から下だけで300以上の関節があるといいます。
それらが習慣で自動的に動いて、バランスよく歩いたり手を動かしたりしているようです。
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by takaryuu_spring | 2007-03-14 19:29

脳卒中・・・37

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歴史博物館の桜

精神及び感情障害
体同様、知能も感情も本人の思っている以上に壊れているものですが、なんとも壊れたものはもうどうしようもありません。ただ病気前のその人が完全無欠の人間だった訳ではなかったでしょうから、過去の人間にこだわる必要はないことを認識してもらわなくてはなりません。
過去にしがみついて、もとはこんなことが出来たあんなことが出来た、あの時はおもしろかった、・・・ああそれなのになんて情けない姿になってしまったものだ、こんなに一生懸命努力してリハビリに励んでいるのに、全然成果があがらない、もう元に戻ることもないのだ。
などと思ってばかりいるとたいした過去でもなかったものが、それはすばらしい皆の羨望の眼差しの中にその主人公としていたようにさえ思われ始め、それに比べて今の自分を思うとあまりにも情けなく惨めで、もうこれから生きいってもなにも良いことのないように思え始めてしまうものです。

でもよくよく考えなおして見れば、そんな栄光につつまれた人生など昔からあったはずがありません。たいていは不平不満を言っていたに違いないのです。
今言っている不満も、今と比較すれば昔はこれよりましだった、に過ぎなかったのであり、比較の問題でしかありません。
本質的に人間のどこが代わりえましょうか。そのことを本人も接する人も決して忘れてはいけません。
生きているかぎりその見える姿が変わっても、それはしわがふえたとかでぶになったとか運転出来るようになったと同じ種類の変化にすぎません。

そんな中で、もっともその人の本質の変わったのではないかと思われる障害に、感情障害があり、これには本人も接する人も対処に苦慮します。

ここで本人もということを強調しなければなりません。というのは本人でさえ本当にそんなふうに感じていないことが、顔や声や態度に現われてしまって、それをどうコントロールすることも出来ないことがあるからです。
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by takaryuu_spring | 2007-03-13 19:47

脳卒中・・・36

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彦治のモデルにした楠木です。幸い切られずに残りました。

言語障害
言語障害は脳梗塞の障害の中で一番つらい障害かも知れません。
体の自由が効かなくても、やってもらいたいことが伝えられ、自分の思いを人に話せるということは人間として一番大切なことです。

体も不自由・それを伝えることも、不満を誰にも話すことも出来ないで我慢していなければならないことはどんなに情けなく淋しいことでしょうか。
梗塞が左脳の場合大きな障害になりやすいようですが、体幹障害の人もかなり大きな障害が出ます。
左ききの人は左脳をやられてもあまり言語障害にならなかったり、よく分かりませんが多分そんな傾向があるように思います。
人によって実に様々で、それも色々な障害が重複していますから、適当に組合せて判断しなくてはいけません。

第一に声帯の障害、失音障害があります。
これは音を発するスピーカー部分のコードがつながっていなかったり接触が悪いといような感じのものです。
出そうとしても音が出せません。
第二に構音障害です。
考えているのとは違う音が出たり、はっきりした発音が出来なかったりするものです。
口の中の筋肉が上手く働かなくてちゃんと話せるつもりなのに、人に理解出来るような音声になってくれないというものです。
僕は専門家ではありませんから正しくないかも知れませんが、言語に関し、運動障害のリハビリには、日本語は母音さえはっきり発音出来れば、かなり聞きやすい言葉ですから、母音の発音の練習が肝心だと思います。「あ・い・う・え・お」は、きっと何か意味のある言葉なのでしょう、なかなか発音しにくい並び方だと思いませんか。
これを「い・え・あ・お・う」と並びを変えると口の形が結んだ形からだんだん開いて行き「あ」で一番おおきく、それからまたつぼんで「う」で閉じた連続した口の動きで表音できます。
その途中で止めれば母音になると思います、どこで止めるかにより英語のような物凄い数の母音にもなると思うのですが。
動物の鳴声も人間程複雑ではありませんから、ねことかうまとかにわとりとかなんでもやってみれば結構音が出て自信がつくかも知れません。

第三に失語症です。
これは運動障害ではなく、高次脳機能障害といわれるものですが、言葉がみつからない障害です。
たとえば頭で馬を想定して<uma>と言おうとしてもうまく<uma>と結びつかないのです。発音出来ないのでなく、そのことを忘れたのでもなくつながらないのですが、これほど歯がゆい障害はないと思います。
多分誰でも経験があると思いますが、たとえば「あの・・お母さんの唄をうたっている・・ほら・・五十ぐらいの・・歌手と結婚した・・鹿児島うまれの・ほら・・もと板前でさ・・なんて言ったかなあ・・」などという度忘れの重いものです。
答えを言われると解っているのに言えなかったものですからちょとしゃくにさわりますよね。

この障害者はしゃべることがめんどくさくなり、たいてい寡黙というか暗くなりがちです。
なにを言いたいか洞察しながら「~のことか」くらいに接することが大事かも知れません。
そんなことも知らんのかなどと言う態度で接すると、本当は解っていたのですから、とても傷つきもう話す意欲も無くなってしまうものです。

第四に言葉を本当に忘れてしまうと言う障害もあります、こうなるとかなり知能も落ちて言葉をうまく構成しながら話すということも出来ません。
そんな人にはいつもなにかを表現、例えば文章を書いたり絵を描いたり裁縫をしたり、とにかくなんでも良い、自分を表現することをしゃべること以外にも見付けながら、しゃべるリハビリと平行して人生送ることが善いと思います。少しひねていますが子供が出来たと思って接すると、なかなか今までになかった可愛いところが見つかるものです。
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by takaryuu_spring | 2007-03-12 18:08