母からの手紙

僕の母は88歳、玄界灘を望む福津市の低い山の中腹に住んでいます。
近くにはため池がたくさんあって、家の近くの池にはアヒルが一匹住んでいました。
冬は水鳥も来てにぎやかな水面になるのですが、3月になると水鳥たちは帰っていきそれからは、このアヒルが池を守っています。
母の手紙によくこのアヒルのことが書かれていたのに、最近登場しません。
「アヒルは元気?」と手紙に書いたところ・・・

今日は朝からの雨、春なのに冷たい雨です。
それでも桜もぼちぼち咲き始めもう八分咲きの木も所々でみられます。
「なの花」「黄色かたばみ」・・・と黄色の花がやたらと目につきます。
庭の木々も少づつ新芽を出し始めました。今年は赤芽樫の真っ赤な生垣が、殊のほかきれいです。

ガア子が死んだこと知らせたと思っていたけど違っていたのかしら、16年7月22日に死にました。

ガア子が死んだ、ガア子が死んだ、ガア子が死んだ、
一週間程前から様子がおかしかったのに、21日には大好物のジャッキーに唾をつけてやると喜んで10本程食べてくれた。

よかったね、明日は元気になっているよね、って言って帰ってきたのに、翌日22日朝見にいったら、首を水につっこんで死んでいました。

家に連れてかえって水できれいに洗ってやると、いつものガア子の感触、あーガア子よ、・・・・

池のそばの土手に穴を掘って新しいタオルにくるんで埋めてやる。

土に埋める直前になったら今まで閉じていた目をパッチリとあけて私の顔をじっと見つめている。きれいなきれいな目をしてみつめているガア子、最後の別れに私の顔を見たかったのか私の目からも涙がとめどもなく流れれる。

10年あまりの付き合いだったものね、
毎日毎日雨の日も風の日もガア子ガア子と呼んだものね。
ガア子もそれにこたえてガアーといってとんできてくれました。

本当に長い間私をなぐさめてくれてありがとう、そしてさようなら、・・

池の畔の牧田さんが「賀鳴呼の墓」とかいて墓標を立ててくれました。この墓標は家からも見えます。

インコのチイ子がいなくなった時も、ガア子が死んだ時も、そして犬のちい子が死んだ時も、本当につらいことでした。



生き物なんでもかわいい、漁師に獲られてピチピチとおどっている魚を見ても、目を見るとみんな一生懸命生きていたのに、かわいそうです。
それを食べている私はなんというひどいことしているのかと思いながら、毎日毎日生き物を食べております。ごめんなさい。

生きるということはつらいものですね。
何かの犠牲の上に生かされている。もう私もおしまいにしたい、なのに向こうからはお呼びでない。
私にはもう何も出来ることがないのに、向こうの神さま仏さまは、私に何を期待しているのかしら。


昨日マーケットで土筆がパックで売っていました。
20本ばかりしか入っていないのに365円、ワーワーワー、そんなに高いんだ。

土筆・蕗・わらび、そして海岸に行けば若芽ぐらいはいくらでもとれます、こんな自然に囲まれている幸せを感じます。

そして今は雀・メジロなどに餌をやって楽しんでおります。

早く夏が来れば私のしわが少しは伸びます、冬はしわがすごく目立つけれど暖かくなるに連れ少しづつ消えていきます。6月生まれの夏っ子はやはり夏が好きです。

こんなことで生きていていいのでしょうか?
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by takaryuu_spring | 2007-04-03 07:30


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