板前修行7

出し巻き卵は昼の食事に全部付けますから、40本作ります。
1本に3個の卵を使いますから120個の卵を毎朝割るのです。片手に1個一度に2個の卵を殻の破片の入らないように割りいれ、その殻を片手で重ねて捨てます。馬鹿みたいにこんな練習もしてきました。
茶碗蒸しや卵豆腐を作る時は、ガラスの破片を入れて白身を切る、それを裏漉し器に通して作るとか、出汁巻きは白身の粘度も生かすなど、卵の扱いでも講釈はいろいろ聞いていました。おかげで今片マヒでも多分健常者に負けないくらい上手く生卵は割れ、ゆで卵の殻でも片手で剥けます。
出し巻きは川俣さんの得意中の得意技でした、部長が一度「火が違う」と言った事がありましたが、見た目最高の出し巻き卵を作っていました。許していましたが部長曰く「火が弱すぎては美味しくはない」のだそうです。
卵を割って細川さんに渡すと、出汁を計っていれ、次に塩を入れ、それで焼き始めました。
「???」僕の見てきたことと違うので、「味醂は?」と聞くと、これが正しい出し巻だ何を新米が、という顔で怒られ、反論など勿論出来ません。でも出勤してきた柴田さんはその出し巻を試食して、40本全部をゴミ箱に捨てました。
ただ悲しそうな顔をしただけで、怒る事もなく何も言いませんでした。
 僕は包丁の使い方では15歳の子にも負けるのですから、小手先の業を盗むのではなく、味に疑問を持つことの方が必要なことだと最初から思っていました。いかに素晴しい先生がいても、手の届かない存在と畏敬の念を持つだけでは何もなりません。
仕事一筋真面目一本の細川さんは今までにもまして僕には威張り、僕は手伝おうという気がなくなり、一緒にいる事が苦痛の毎日になりました。
仕事ですからやらなければならない事は真面目にやりましたが、ほとんど一言も口をききません。寝る部屋も同じなのですから、24時間一緒にいて必用なこと以外何も話さないのです。
1ヶ月も過ぎて、一人の流れの職人が来ました。包丁一本晒しに巻いて・・・の世界です。渡りの職人がいて、忙しいところを渡り歩いているのです。
世慣れしていて「喧嘩が3度の飯より好き」というところは僕には理解でませんでしたが、話は面白く腕は立つ人で、でも僕は新米鍋洗い、威張った細川さんの下では少しも楽にはなりません。
毎朝6時から夜10時まで休憩なしでの立ち仕事、あまりの辛さに膝をつくこともありました。見つからないように立ちあがり、でも朦朧とした頭に手はおろそかに、そんな僕を見て、ある日、彼が「いくら貰ってるのだ?働き過ぎだ。細川の下にいて何か学べるか?おれならふけるぞ」と言いました。ふけるとは逃げ出す事です。
中卒は金の卵と言われた時代で、板前のなり手を見付けるのには苦労していた時です。人さらいして坊主を集め、逃げ出さないように金を渡さない、まだそんなことが平気な世界もあったのです。
「でも脱走したら困るでしょう?」困るかも知れんけどここにいて何か勉強になるか?細川の下じゃ駄目だ。それに義理があるのか?と言われトンずらを決めていました。
逃げるなら徹底的、鹿児島に残っていたら見つけ出されるヤクザの世界ではありませんが同じようなもの、この世界での活躍はできません。ずるずるに席だけ置いていた大学に退学届けを持って行き、先生の出席しなくてもいいから卒論だけ出せと慰留され受け取ってくれませんから、葉書で退学届けを出して、鹿児島からトンズラしました。
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by takaryuu_spring | 2006-10-13 21:40


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