彦二
奈落の底に落ちていき意識をなくしていった彦二でしたが、誰かにひっぱられ、上っているのに気付きます。 誰かが自分をしっかりつかんで離さない、そして確かに上に上がっているのだ。気が付いてみると自分も誰とも分からない、自分と同じような者をしっかりつかんでいた。重いから離そうと思っても自分の意志では離すことができない。でもつかんでいるのは事実だった。 どうやら長い長い行列にをつくっているようだ。 それが少しづつだが確かに上っている。誰かが強い力でひっぱり上げていることは確かだった。 彦二は、これは助けられたのだろうか、それともまた地獄のような苦しみを味わわなくてはならないのだろうか、となんとも落ち着かない期待と不安の混ざった、いらいらした気持ちであたりを観察した。自分が何で、今どこにいるのか。皆目見当がつかない。 上から伝わってきた情報でこれは水で、N区に生えている楠に吸い上げられて上り始めたらしいということがやっとわかった。 どのくらい下からこうやって来たのかはまるで覚えがなかったが、地上がもうすぐらしいということには心が踊らされた。 自分を引っ張ってくれたのは英二、そして彦二が引っ張っていた者は昭二と言った。 上って行く水の細い細い流だがその細い流れに割り込んできて、英二や彦二にしがみつく者がいた、リン・とかカリ・とかカリウムとかいうやつだ。 リンの生臭いべと~とした体にしがみつかれると吐き気を催した。それでも自分からそれを振り落とすことはできなかった。自分ではどんな行動もとれないということが本当にわかった。 彦二は、「おれは、水なんだものな、動物でも植物でもない・生きものではないんだから自由に動けないよな、考えることができるとは、思いもよらなかったけれど、それをどうすることも出来ないのだから。水じゃ死ぬこともないのか?永遠にこんなスタイルでいるのか?」と絶望した。 水の流れは根に入り少し早くなる。幹の下まで来たのか、真すぐ上にのびた管の中を今度はエレベーターのようにスルスルと葉まで流れていきました。そこで自分たちにへばりついたもの達は離れてくれる。そしてその代わりにこんどはワッフルのような甘ったるい匂いの重い物を背負わされた。そしてこんどはそれを背負って下に行くのだ。それ等はかってにしがみついて、かってに降りていく。それからまた根に、根から葉 葉から根ワッフル・べたべた・ワッフル・べたべた・という毎日が続いた。 奴らも自分と似たような境遇なのかも知れないと思うと相見互い嫌な臭いとか、気持ち悪いという気持もなくなった。 これが毎日のお勤めみたいだ。いつまで続くか想像もできないが、偶然か順番かなのかは解らなっかが、中にはどうした都合か、道からはづれる者や、葉から外に飛び出していく者も時々いた。 両隣の二人とはよく話をする。英二は愚痴と人の悪口ばかり、それも毎度同じことばかり、昭二は自分の自慢話ばかりでこれも毎日毎日同じことばかりだ。 始めおもしろく聞いていた話だったが、すぐになにが厭と言ってこの二人の話を聞くことが一番の苦痛になっていた。 隣に誰かほかの人がきてくれればいいのに、と毎日それを思う日々に変わった。 いやだ、いやだと思い気が狂いそうなんのだがが、狂いそうにもない。 気がついて見ると もう最初にいた頃の仲間たちは、たいてい葉から外に出て行ってしまったのに、自分の番はちっとも回ってこない。 ある日、二人の話を聞いていて、「この両隣の二人はひょとして自分ではないか、自分でないにしても、自分もこれと同じことをしていた、いや今だって厭だ嫌だと思っているのはそれと同じではないか?」そう思ったとたんに彦二は空中に飛び出していた。
by takaryuu_spring
| 2006-07-29 21:54
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