至心信楽願為因
阿弥陀仏の願いが成就する為には心から信じ生を楽しむこと。 成等覚証大涅槃 必至滅度願成就 必ずすくいとるという法蔵菩薩の願いが成就されているのですから、阿弥陀仏に帰命すれば、つまり悟りを啓いたことと同じことなのです。 如来所以興出世 唯説弥陀本願海 お釈迦様がこの世に生まれたわけは、ただただ阿弥陀仏の海のように深く大きい本願を説く為なのです。 よく仏教は無常を教えているとか、因縁の法だとかいいます。 日蓮宗で大事にする教えは、一念三千の法で、物事は常にお互い作用しながら一時も同じ姿ではいないもの、そして、その動き方を十如是で説明します。(相・性・体・力・作・因・縁・果・報・本末究竟等)、を十如是といい、存在には相があり、性質があり、力があり、作用があり、因がえれば縁もあり結果もうまれ報もうける・・・そしてまた始めにもどる、と輪廻の説明しています。 お釈迦様も人間として生まれ、仏陀となられたのですが(迹門)、誕生のずーと以前、違う世界で如来だったと言います(本門)。それを久遠実釈迦牟尼世尊といい、この世に阿弥陀の本願を説く為に出生したというのです。 お釈迦様の修行については、一番親しまれている般若心経で、観音菩薩は、知恵を絞って世の中を観てみると、世の中「無」なんだと気づく。そう思った瞬間悟りを啓いた。という説明しますが・・。 でもそんなこと分かっても自分の心に起きるさまざまな波から逃れることは出来るわけがありません。青年のころの親鸞は、飢えや睡魔と闘い修行したのですが、性欲を抑えることはどうしても出来ない。夢にまで女性出てきて夢精してしまいます。存在するためには、食事も睡眠もそれに性交だって必要なのに、それを欲というならどう「生きろ!」というのだ。と悩みます。 そして法然に出会い見つけた救いが南無阿弥陀仏でした。 五濁悪時群生海 応信如来如実言 どんなに汚れきった世の中、欲だらけの自分でも、如来の願いに応えるなら 能発一念喜愛心 不断煩悩得涅槃 自分の生を喜び愛する心を起こせば、煩悩は断ち切られ悟りの世界に入る。 凡聖逆謗斉回入 如衆水入海一味 摂取心光常照護 如来の大きな海に浸かってしまえば、聖人罪人の別などない、如来の眩しい光に護られているのです。 已能雖破無明闇 貪愛瞋憎之雲霧 常覆真実信心天 阿弥陀如来の光は無明を突き破っていくのですが、なかなか自分の欲も強く心は自分は欲に埋まって晴れた気がしない。 譬如日光覆雲霧 雲霧之下明無闇 獲信見敬大慶喜 でも、たとえ日が雲に隠れていて、暗いときでも光がさしていると信じきっていれば喜びがこの心に満ち溢れてきます。
by takaryuu_spring
| 2010-11-30 01:40
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